副鼻腔炎(蓄膿症)に対して苓桂朮甘湯が効果的な症例を参考にしてみる
2025年06月20日

『漢方の臨床』2巻2号において、長濱善夫先生が「苓桂朮甘湯を中心として蓄膿症の治験」という記事を書かれています。
古い記録でありますが、長濱先生の昭和27年〜昭和29年の診療記録によると、蓄膿症に対して葛根湯を使ったのは1例で、柴胡剤が多く、最も多いのが苓桂朮甘湯であったとの事です。
現在、耳鼻科では蓄膿症に対して葛根湯加川芎辛夷や辛夷清肺湯などがよく処方されており、実際の相談でも副鼻腔炎(蓄膿症)や上咽頭炎などの鼻やのどの炎症や、それらに伴う後鼻漏に対して、苓桂朮甘湯は頻繁に使う漢方薬ではありません。
しかしこれらの症例は実際に苓桂朮甘湯で治療した記録で、治療に難航した場合には参考になりますので、今回のブログはそれらの症例と苓桂朮甘湯の適応が適応する状態を書いていきます。
以下に長濱先生の苓桂朮甘湯を症例を要約します。
苓桂朮甘湯をメインとした漢方処方で蓄膿症が改善した症例
症例1
女性 35歳
10年来の蓄膿症で、ペニシリン局所注射であま効果がない。
症状➡鼻づまり・かぜをひくと水鼻がとまらない・前額部・後頭部が重く嗅覚麻痺・めまい・どうきがある。
漢方薬➡苓桂朮甘湯+駆瘀血丸により、3ヶ月ほどで改善
症例2
男性 18歳
前年に手術(副鼻腔炎?)を受けた後、ペニシリン注射で小康状態でしたが、かぜをひいてから悪化。
症状➡のどへ膿汁が出る(後鼻漏)・根気がない・まぶたが軽く痙攣・軽い動悸・脈は沈
漢方薬➡苓桂朮甘湯+駆瘀血丸により、2週間で症状がかなり軽減、症状が再発時に服用
症例3
男性 13歳
慢性副鼻腔炎と診断
症状➡頭が重く・物事に飽きやすい・記憶力がにぶい・疲れやすい・遠視・羞明・痔・朝起きるとめまい・便秘気味・鼻鏡検査では排膿を確認。
漢方薬➡苓桂朮甘湯加桔梗+駆瘀血丸により、2週間で鼻症状がほとんどとれる
症例4
男性 7歳(症例3の弟)
急性膿症という診断、ペニシリン注射でやや鼻汁は少なくなったが、右の鼻腔内に排膿を認める。
漢方薬➡苓桂朮甘湯加桔梗+大黄0.5gで鼻汁はよいが、しぶり腹になったので大黄を葛根に変更。
2,3週間でほとんど症状がなくなった。
症例5
男性 14歳
症状➡2〜3年来鼻がつまり、頭重・たちくらみ・口渇・汗をよくかく・鼻粘膜は肥厚・のどの方に膿が出ている(後鼻漏)・軽い軸性神経炎
漢方薬➡苓桂朮甘湯加桔梗石膏+桂枝茯苓丸
1週間で鼻の出がよくなり頭痛もとれ、2週間目には諸症状景観、滅多に鼻をかまないようになったとの事。1ヶ月服薬
症例6
女性 12歳
症状➡中耳炎が治ったら、蓄膿になってなかなか治らない・頭痛がして悪臭の鼻汁が出る・
鼻腔には両方共に膿汁が充満・時々たちくらみ・動悸
漢方薬➡苓桂朮甘湯加桔梗石膏 2週間でよくなったのでは廃薬。
症例7
女性 24歳
症状➡頭重、特に後頭部が痛む・鼻汁の出が悪く鼻血がしばしば混ざる、鼻がつまる事が多い、肩こり、目がさめると眼がかすむ、たちくらみ、小便が著しく少ない、月経不順で腰が冷える
漢方薬➡苓桂朮甘湯加石膏 2週間で膿血汁は出なくなり、うすい鼻汁に変わり、2週間眼には鼻も全くつまらなくなり、後頭部の痛みや、たちくらみもなくなり、腰もあまり冷えず、以前からあったおりものも少なくなった。
苓桂朮甘湯について
苓桂朮甘湯は『傷寒論』に出てくる漢方薬で、茯苓・桂皮・白朮・甘草と4つの生薬で構成されています。
感染症にかかり医者の治療の誤りからおこった不調で、胃の不調や、胸につきあげる感じ、めまいやたちくらみが起こった時に、使われる漢方薬です。
現在でもめまい・たちくらみ・頭痛・頭重・胃腸の不調・気象病・パニック障害などに使われる事が多い漢方薬です。
苓桂朮甘湯は病態や体質にあえば効き目も早く、1週間もすれば不快症状が軽減する事も少なくありません。
中医学の方剤書である『方剤発揮』によると、効能は健脾利湿、温化痰飲になっており、痰飲病を治療する漢方薬です。
この場合の痰飲病とは、脾胃が弱る事により痰飲が発生し、その状態が改善されずに継続する事によって、心下(みぞおち)に痰飲が停滞します。
そしてその痰飲が気とともに上衝して、心下(みぞおち)周辺の不調(胃腸の不調)にとどまらずに、胸や頭部にも不調を起こし動悸・息切れ・めまい・立ちくらみ・頭重や頭痛・のどの違和感などの症状が起こるような病です。(苓桂朮甘湯が治す痰飲とは、現代中医学の飲(さらさらした病理産物)と考えた方が良いです。)
そのような不調に対して、苓桂朮甘湯で脾胃を温め、心下に停滞している痰飲を尿から排泄する事によって改善します。また苓桂朮甘湯の中に桂枝が入っていますので、桂枝+白朮&茯苓で胸や頭部に停滞している痰飲を動かし降ろす事が可能です。また桂枝+甘草によって動悸や不安など胸の不調に対しても効果を発揮します。
これらの事から、胸や耳や頭の不調だけではなく、鼻やのどの疾患にも応用が効くのは想像に難くないですね。ただし、副鼻腔炎・上咽頭炎・後鼻漏などに対して、やみくもに苓桂朮甘湯を飲んでも効果は出ません。上記のような病態に適応した場合にのみ、苓桂朮甘湯は効果を発揮します。
昭和の有名な漢方医である山本巌先生が著書の『東医雑録』において、苓桂朮甘湯の適応症をフクロー型と表現した事は有名で、実際の相談の現場でも苓桂朮甘湯の判別にとても役立ちますので、参考にしてみてください。
- 動物で例えるとフクロウのような夜型の人
- 朝はいつまでも布団にいたい
- 休日は昼近くまで寝ている
- 早起きすると頭がボーっとしてはっきりしない
- 身体を動かすのが面倒
- 朝食は欲しくないので、無理に食べる
- 朝起きて時間がたってくると、食欲が出てくる
- 午前中は体も頭の働きも悪い
- だんだん調子が良くなり、午後3時頃には非常によくなる
- 夜ごはんが一番おいしく、よく食べられる
- スロースターター
- 活動のピークが夕方〜夜にくるので寝つきが悪い事も
このような傾向の人に対して、苓桂朮甘湯は効果が出やすいです。
私も蓄膿症や慢性上咽頭炎からくる後鼻漏を苓桂朮甘湯や、その類方である苓桂味甘湯や苓桂甘棗湯で治した事はありますが、長濱先生が副鼻腔炎の治療経験において、葛根湯加川芎辛夷のような葛根湯製剤や柴胡剤などよりも、苓桂朮甘湯をメインにした処方を一番に多く使用して改善した事は、現代の副鼻腔炎や慢性上咽頭炎・後鼻漏の治療において参考価値は高いです。
副鼻腔炎(蓄膿症)や上咽頭炎からくる鼻水や後鼻漏でお悩みの方や、漢方治療を行う医療関係者は参考にしてみると良いでしょう。
参考文献:
『漢方の臨床』2巻2号 「苓桂朮甘湯を中心として蓄膿症の治験」長濱善夫著
『医方発揮』遼寧科学技術出版社
『東医雑録』山本巌著

大阪の浪速区にあるミズホ薬店の店主。
お店にひきこもって漢方の勉強をしたり、漢方相談をしながら暮らしています。