ある老人の話
2017年03月18日
昨年の暮れの事であるが、1人の老人が来店された。。。
その方は、食事をしたり水分をとったりすると数分後に嘔吐する症候を訴えている。
『兄ちゃん、すぐ吐いて飯が喰えないんやけど・・・家にある胃腸薬飲んだんやけど、すぐ吐いてしまうわ・・・』
顔色は白く少し青が混じったような感じ、酷く痩せているが、眼や表情に神がないという事はない。
とりあえず、座ってもらい問診を行う
その嘔吐は慢性的なものでなく、来店する前日ぐらいから起こったらしい。
邪により衰退気味、食欲もなく、元来からの便秘症、口渇はなし、温かい飲み物を好む、悪寒なし、発熱なし、みぞおち部に痛みはなく軽く違和感を感じる
(色々聞いたが、私が思い出せるのはこのような症候)
舌診⇒舌質 軽く紅傾向 舌苔⇒少し厚めの白苔が舌尖部から中央部にあり奥はやや黄色
(この時は舌下脈絡は確認せず・・・)
脈⇒一息5〜6でやや数を呈し?(もう少し早かったような気もする)、確か中取で強く、浮でも充分な強さを呈し、弦脈傾向を示す。
急性の症状であり、嘔吐以外はそれほど甚だしい症候がないので寒邪か肝胆か脾胃系統の病機であろうと軽く考えていた。。
この少し前に我が家で私の娘と息子が典型的な水逆症にかかり、五苓散を少量のお湯で服用させ1包か2包で治癒させていたので五苓散を使いたくなったが、目の前の老人の嘔吐は少し違う感じがした。
(1歳になったばかりの息子が、確か22時頃であったか、急に嘔吐し水分をとらせると一瞬で嘔吐するのである。その割には水分を欲するので明らかに口渇がある。
1歳なので嘔吐も我慢しないので吐き気がくるとすぐ嘔吐するのである。
まさに、字の通り水が逆するのである。。
桂皮とお湯で陽気を回復させながら利水させる生薬を飲ませる事により、飲邪を尿道から排出すれば結構、簡単に治ってしまった。。)
この老人の嘔吐は娘や息子が呈してた水逆とは違うし、口渇症状もないので五苓散は除外し、老人のみぞおち部を確認する。
軽く硬さはあるようではあるが拒按状態ではなく、逆にさすられると気持ちが良いとの事。
痛みはなく張りも強くはない、便秘症状は気になるが、枳実は必要なさそうなので大柴胡湯は除外し小柴胡湯か半夏瀉心湯かを迷ったのであるが、温かい飲み物を欲するのと季節性からも考え脾陽の損傷があり、その割には脈数が早いのと嘔吐症状が酷いので心火や胃火を抑える為に、生姜の配合比率が高いのと黄連が配合されている理由から半夏瀉心湯を選薬する。
その後、数日間は老人は来店しなかったので嘔吐も治まったのであろうと思っていた。
しかし1週間後に再び来店する。結局、半夏瀉心湯を1日飲んだが治らずに町医者の所に行ったらしい。
その町医者の所で見てもらい異常はないので、フロントポンプ阻害薬などを処方してもらったが嘔吐が治まらずに、私の元に来た。
その老人は一応、心配なので大きな病院に5日後に予約を入れているが症状を抑えれないかとの相談であった。
なんとか5日間の間でも症状を止めれないか再び弁証する。
舌質、脈もと前回とあまり変わりなし、舌下脈絡を見ると『左側に塊のような物があった。。』
先天性の可能性もあるのでそれほど気にせずにみぞおち部を再度確認すると、今度は拒按状態を示し、前回と同じく少しの張りというか違和感があるのである。
その間に排便はあったが、嘔吐症状は改善なし。。
弦脈傾向は変わらずなので、『こっちかなーー?』と思いながら柔肝させる事を考え大柴胡湯に胃気の上逆を抑えるのを強化するのと補脾健脾するために、旋覆花・代赭石・人参・甘草を入った方剤を追加して1日分渡し、大きな病院に行くまでの期間は、慎重に見ながらやってみますので、また明日も来てくださいと伝える。
そして翌日、私はとても心配しながら店で待っていたのであるが老人は来店せず。。。。
その後も老人は来店せず。。。
私の中では舌下脈絡の変な塊と、虚であるはずであるのに異様な硬さの実脈がずーと気になっていたのである。。
その老人はビルの清掃の仕事を食の糧にしており、私が店に行く途中にたまに見かける事があるのであるがそのビルの前を通る時にたまに気にかけて見るが、他のメンバーはいるが老人が見かけない。。
(前期の冬の時に衛分の温病を患った時に投薬後に元気に清掃している姿を見て、老人は元気になった事を確認した思い出がある)
度々、もしかと思いながら過ごす事3ヶ月。。。
昨日、その老人が来店された。。
痩せた老人はさらに痩せこけて、眼や顔色の神がかなり衰えている事がわかる。
事情を尋ねると
胃癌であったのである。。。。。。。
そして胃を切除する為に入院していたのである。。
その時、私は重病のアトピー性皮膚炎の方を問診中でしたので、ゆっくり話を聞く事ができずに浣腸を買って帰られた。
その老人の目には涙が浮かんでいたのである。。。
今、思い返せば舌下脈絡の異様な塊もそうであるが・・・
あの異様な脈は藤本蓮風先生が『胃の気の脈診』に書かれている患者は虚を示すのに脈に滑や緩がない弦急脈でなかったのではないのか?
逆証である。。。
私みたいな付け焼き刃の初学者が触ってはならない者であったのでないか?
そして、なんとかしようと思った気持ちが奢りそのものである。。。
中医学を勉強し始めた当時に見た透析前の方の時もそうであったが、これで2例目である。
当店は漢方薬専門店ではないが半年前に意気揚々と漢方相談の旗を上げた。
このような事があると、『漢方』という字を上げている自分に対して非常に恥ずかしくもなるし、『漢方』の字の元に色々な物を築き上げてきた過去の賢人の顔に泥を塗っているように思える。。。
今回の出来事は自分の人生に深く刻み込むでおこう。。。
そして、決して忘れぬ事のないように確認の意味を込めてブログに記載・・・
藤本蓮風先生の励みになる動画を添付させて頂きました。。
大阪の浪速区にあるミズホ薬店の店主。
お店にひきこもって漢方の勉強をしたり、漢方相談をしながら暮らしています。