上咽頭の炎症からおこる関節や背中の痛みに漢方薬が効果的であった症例

2025年12月17日

4年ほど前に、慢性上咽頭炎からくる不快症状でご相談に来られた女性のケースです。
根気よく相談を続けてもらい、慢性上咽頭炎からくる不快症状は1年ほどかけて改善。その後はお元気に暮らしていました。

しかし、気温が低下した11月ごろ、その方の旦那様からお電話がありました。
「発熱はないが、のどのイガイガやかゆみの症状をはじめ、倦怠感、関節痛、背中の痛みがあり、寝込んでいる」とのこと。

以前に何度もお話をお聞きして、その方の体質や不調のくせ、漢方薬や生薬への反応を熟知していましたので、奥様から直接話を聞かずとも、必要な漢方薬は迷わずに浮かびました。

電話の翌日に旦那様が漢方薬を取りに来られるとのことでしたので、「荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)」1週間分をお渡ししました。

【荊防敗毒散を飲んで1週間】
まだ喉の違和感(痒いようなイガイガする感じ)や関節・背中の痛みがたまに出ますが、症状が軽減したので家事をこなす事もできるようになったそうです。
しかし症状がまだ残っているので、もう1週間分続けて飲むとのことで追加でお出ししました。

【そこからさらに1週間後】
のどの違和感、関節や背中の痛みがほぼ気にならなくなって、日課の朝のランニングもできているとのこと。無事に荊防敗毒散の服用は終了いたしました。

現代の病理

今回の場合は発熱がなく喉の痛みも強くないので、かぜ(ウイルス)が炎症を起こしたのではなく、過去のこの方の経験から「黄砂やPM2.5」などが上咽頭に炎症を起こしたと考えられます。

また、上咽頭の炎症から倦怠感・関節や背中の痛みが起こるメカニズムは、病巣炎症(びょうそうえんしょう)神経反射(しんけいはんしゃ)で説明できます。

では、なぜ「のど(上咽頭)」の炎症が、離れた場所にある「背中の痛み」や「だるさ」につながるのでしょうか?
そこには、人体の不思議な2つの仕組みが関係しています。

1. 毒素が体を巡る「病巣炎症」
これは、「火事の飛び火」「川の上流と下流」に例えると分かりやすいかもしれません。
上咽頭(のどの奥)で炎症が起きている状態は、小さなボヤ騒ぎがずっと続いているようなものです。ここで生まれた「炎症物質(戦ったあとのゴミや毒素)」は、血流に乗って全身へと運ばれてしまいます。

  • のど(上咽頭)= 川の上流で泥水が発生
  • 関節や腎臓など = 川の下流に泥水が流れ着く

のど自体は「なんとなくイガイガする」程度でも、流れ着いた毒素が関節や他の臓器で悪さをして、痛みや不調を引き起こす。これが「病巣炎症」と呼ばれる現象です。

2. 自律神経がパニックを起こす「神経反射」
もう一つの理由が、神経の「誤作動」です。
実は、上咽頭という場所は、自律神経のセンサーが密集している「神経の交差点」でもあります。
ここに黄砂やPM2.5が張り付いて炎症が起きると、センサーはずっと「異常事態だ!」という警報を脳に送り続けることになります。
すると、脳や自律神経がパニック(誤作動)を起こし、過度な緊張状態になります。

  • 筋肉がギュッとこわばる → 肩こり・背中の痛み
  • 常に緊張状態で休まらない → 強い倦怠感

このように、ウイルスによる高熱が出なくても、上咽頭が刺激され続けるだけで、体はまるで重労働をした後のようにヘトヘトになってしまうのです。

まとめ:のどのケアが全身のケアになる

今回のケースは、
「外からの刺激(黄砂・PM2.5)」「上咽頭」を刺激し、
そこから「毒素の散らばり」「神経の緊張」が同時に起こった結果、背中の痛みやだるさが出たと見立てることができます。

だからこそ、痛み止めで背中の痛みを散らすだけでなく、大元である「のどの炎症」を鎮めるアプローチが大切になってくるのです。

では、このような上咽頭炎に対して、一般的な病院(主に耳鼻咽喉科)ではどのような治療が行われるのでしょうか。代表的なアプローチは以下の2つです。

1. 直接処置する「EAT(上咽頭擦過療法)」
かつては「Bスポット療法」と呼ばれていた、上咽頭炎に対する専門的な治療法です。
塩化亜鉛という薬剤を染み込ませた綿棒を鼻やのどから入れ、炎症部分を直接こすって薬を塗ります。

  • 効果: 炎症を強力に鎮め、うっ血(血の滞り)を改善する。
  • 特徴: 処置時に痛みや出血を伴うことがありますが、先ほど説明した「神経の誤作動」や「病巣炎症」の元を断つのに非常に有効とされています。

2. 症状を抑える「薬物療法」
飲み薬を使って、体の内側から症状をコントロールします。

  • 抗アレルギー薬: 黄砂やPM2.5による過剰なアレルギー反応をブロックし、新たな炎症の火種を防ぎます。
  • 消炎剤: トラネキサム酸などを用いて、すでに起きているのどの腫れや赤みを鎮めます。

西洋医学では、このように「局所の炎症を直接叩く(EAT)」ことと、「薬で反応を抑える」ことが治療の中心となります。

漢方ではどう考えるか?

〜昔から続く古代の病理と治法〜

今回のような症状が起こった時に漢方薬で改善する場合には、中医学や漢方のモノサシで考えて、適した漢方薬を選びます。

中医学的には今回の症状は、
「風寒湿邪(ふうかんしつじゃ)」が、体表を守るために巡る「衛気(えいき)」と争いになり、気血の巡りが悪くなるために、それらの症状が出ています。

冬場で湿度が低く乾燥傾向ではありますが、この方は胃腸が弱い体質ですので、脾の運化失調(消化機能の乱れ)により、身体の中に「湿邪」が停滞しやすい傾向にあります。そのため、外から「風寒邪」を受けても、内の「湿邪」と合流して「風寒湿邪」になるのです。

  • のどのかゆみ・イガイガ風邪(ふうじゃ)
  • 関節や背中の痛み、身体を冷やしたくない寒邪(かんじゃ)
  • 強い倦怠感により寝込む湿邪(しつじゃ)

それぞれの邪気による影響を、ざっくりと分かりやすく分解すると以上のようになります。

漢方薬で改善していくには、中医学理論を使用して適応する漢方薬を選びます。
風寒湿邪を除くためには、温めて風寒邪を取り除くとともに、皮下や筋肉の水分(湿)を除く必要があります。

そこで使用する漢方薬は、辛温発汗作用があり、祛湿(きょしつ)作用もある防風・独活・羌活などの生薬が入った「荊防敗毒散」を使用すると、風寒湿邪が除かれて身体が調和し、お悩みの症状はやわらいでいきます。

今回使用した荊防敗毒散という名前の漢方薬はいくつかありますが、中国の明の時代の漢方処方集である『万病回春』に載っていますので、作られたのは今から400年以上も前です。

荊防敗毒散は「人参敗毒散」という漢方薬をカスタムして作られており、その人参敗毒散は中国の宋の時代の『和剤局方』という本に出ていますから、なんと現代から900年以上も前です。

現代のような生理学や病理学がない時代に、ある意味原始的な哲学のような『五臓学説』『陰陽学説』などから病理を導き出し、古代からの多くの実体験の積み重ねによる漢方薬や生薬の効能を伝承して、それを改善していっていたと考えると、とても素敵ですよね。

最後に

以上、上咽頭炎の漢方薬による改善の症例でした。
私たちが実際の相談において、どのような事を考えて漢方薬を決めて、お悩みの症状を改善していっているのかをイメージしてもらえると幸いです。