慢性前立腺炎を改善するための漢方相談の考え方
2026年07月22日

日々、漢方相談をしていて、前立腺の慢性的な炎症でお悩みの方は確実に増えていると感じています。
訴える症状はさまざまで、
- 会陰部の圧迫感や痛み
- 睾丸周辺の痛みや違和感
- 下腹部(膀胱あたり)や、鼠径部(ふともものつけね)の鈍痛
- 尿道に沿ったチクチク、ツーンとする痛み
- 原因不明の腰痛や骨盤の痛み
- 頻尿、残尿感、排尿痛、尿の勢いの低下
- 射精時、射精後の痛み、勃起障害、性欲の太過
- メンタルの不調(うつや不眠)
など、痛みがひどい人では仕事を休職する方から、たまに痛みが出る方までいらっしゃいます。
もし病院での治療で改善できない場合でも、漢方薬で改善できる事は少なくありませんので、あきらめる必要はありません。
今回のブログは、「慢性前立腺炎を改善するための漢方相談の考え方」を書いていきたいと思います。
そもそも前立腺とは?
前立腺は男性にのみ存在する臓器で、クルミほどの大きさ(約15g〜20g)で、膀胱のすぐ下にあります。
前立腺の働きは、
精子を守る前立腺液の分泌(腟内の酸性を中和)
精液を押し出すポンプ機能(平滑筋)
尿と精液の通り道の切り替え(逆流防止)
の3つがあり、生殖・射精・排尿をする上で不可欠な臓器になっています。
慢性前立腺炎の原因は?
【1. 物理的な圧迫・衝撃】
長時間の座位(デスクワーク、運転)
自転車やバイクのサドルによる持続的な衝撃と圧迫
【2. 分泌機能のアンバランス(射精習慣)】
過度な射精による骨盤底筋の疲労と前立腺の「過剰な充血」
長期間出さないことによる古い前立腺液の「うっ滞(液の劣化)」
【3. 飲食物によるダイレクトな刺激】
アルコールや香辛料による局所の「急激な充血・炎症の悪化」
カフェインによる交感神経の刺激と、水分不足による「尿の濃縮」
【4. 環境的な血流悪化】
下半身の冷えによる血管の収縮
動かないことによる骨盤内の「うっ血(血の滞り)」
【5. 精神的なこわばり】
精神的ストレスによる交感神経の過緊張
無意識に起こる骨盤底筋(筋膜)のスパズム(過緊張)
【6. 決定的なダメージ(引き金)】
筋肉がこわばった状態での高圧排尿による「前立腺への尿の逆流(化学的火傷)」
病院での治療法
筋肉の過緊張を解き「尿の逆流」を防ぐα1遮断薬(ハルナール等)を中心に、炎症を和らげる植物製剤(セルニルトン等)、隠れた感染を叩く抗菌薬(初回のみ)、血流を促す漢方薬などを組み合わせるのが一般的です。
慢性の前立腺炎の漢方での考え方

漢方では、病気が起こっている場所を上・中・下の3つ(三焦)に分けて考えます。前立腺は下腹部にあるため、「下焦(げしょう)」の病態として捉えます。
膀胱から尿道にかけては、体内の水分代謝が集中する場所です。ここで尿のトラブルや、痛み・熱感が生じる状態を、漢方では「湿熱邪(しつねつじゃ)」と呼びます。現代医学でいう「尿の逆流や古い前立腺液の淀み(=湿)」と、それによる「炎症・化学的火傷(=熱)」が合わさった状態、と考えるとイメージしやすいでしょう。
中医学には「因勢利導(いんせいりどう)」という治療原則があります。これは「邪気(病気の原因)がある場所から一番近い出口を使って、外へ追い出す」という考え方です。
たとえば、体表に冷えの邪気がある場合は、葛根湯などで発汗させて皮膚から追い出します。腸内に邪気がある場合は、大承気湯などで排便を促し肛門から追い出します。
前立腺炎は「下焦(泌尿器系)」での病変です。そのため、今回は一番近い出口である「尿道」を利用し、下焦にこびりついた「湿熱」を清熱・利水(熱を冷まし、尿として洗い流す)して邪気を取り除く漢方薬を選択していきます。
前立腺への「尿の逆流」が慢性的な炎症の引き金になっていることからも、尿と共に邪気を洗い流す漢方のアプローチは非常に理にかなっています。
慢性前立腺炎によく使われる漢方薬
病院や漢方薬局で、慢性前立腺炎に対してよく処方される漢方薬について解説します。
【竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)】
竜胆瀉肝湯には、大きく分けて『薛氏医案(せつしいあん)』という古典を原典にした処方と、日本の漢方流派である「一貫堂(いっかんどう)」が考案した処方の2種類があります。ツムラ(76番)は『薛氏医案』の処方であり、コタローは一貫堂の処方を採用しています。
●竜胆瀉肝湯(薛氏医案・ツムラ)
構成生薬:竜胆・当帰・地黄・黄芩・山梔子・沢瀉・木通・車前子・甘草
『薛氏医案』は中国の明の時代に書かれた医学書で、ここには「肝の経絡に湿熱が存在することによる、尿道など陰部の痛み・違和感や、排尿の不調に使用する」と記されています。現代でも前立腺炎以外に、膀胱炎、尿道炎、バルトリン腺炎、睾丸炎、陰部湿疹、カンジダ症などに使われることが多い処方です。
●竜胆瀉肝湯(一貫堂・コタロー)
構成生薬:竜胆・山梔子・黄連・黄芩・黄柏・当帰・地黄・芍薬・川芎・木通・沢瀉・車前子・連翹・薄荷・浜防風・甘草
ツムラの処方よりも構成する生薬の数が多く、主に壮年期(30代後半〜)の「解毒証(げどくしょう)」という体質改善薬として使われます。対象となる病気はツムラとほぼ同じですが、温清飲(うんせいいん)という漢方をベースにしているのが特徴です。芍薬や川芎が入ることで「血の消耗やめぐり」に配慮されており、さらに連翹や薄荷などの粘膜・皮膚の浅い部位の炎症を鎮める生薬も配合されているため、炎症の期間が長く慢性化しているケースによく用いられます。(※ただし、症状によってはツムラの方が適している慢性炎症もあります)
※服用時の注意点
このふたつの竜胆瀉肝湯は、どちらも「湿熱の熱状が強い場合」に使うのが原則です。竜胆や黄芩といった苦みと冷やす力の強い生薬が入っているため、胃腸や身体が冷えやすい人が飲むと、胃もたれや食欲不振、下痢などを引き起こすことがあります。たとえ前立腺に慢性炎症があっても、胃腸が弱い方の継続服用は避けた方がよい薬です。
【八味地黄丸(はちみじおうがん)/ 牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)】
構成生薬:地黄・山薬・山茱萸・牡丹皮・茯苓・沢瀉・桂皮・附子
(※牛車腎気丸は、八味地黄丸に牛膝・車前子を加えたものです)
頻尿の漢方薬として、新聞広告やドラッグストアで目にしたことがある方も多いと思います。八味地黄丸は、漢方でいう「腎陽虚(じんようきょ)」という状態の時に使われます。腎とは、腎臓や膀胱をはじめ、生殖器や泌尿器の機能も含みます。これらの臓器の陽気(温めて活動させる力)が不足している状態が腎陽虚ですので、「下半身が冷えて働きが弱っている状態」とイメージしてください。八味地黄丸は、附子や桂皮という生薬で身体を温めて活力を与え、地黄で潤いを補いながら、牡丹皮で滞った血や炎症を鎮めていきます。
やや専門的な話になりますが、八味地黄丸が適応となるお腹の状態には「少腹不仁(しょうふくふじん)」と呼ばれるサインが多く見られます。これは、下腹部を指で押すと力がなく、ぐにゃぐにゃで、感覚も鈍感になっている状態です。下腹部がそのような状態だと、尿道や膀胱まわりの筋肉(骨盤底筋群)も緊張感がなく緩んでいると考えられます。結果として排尿障害が起こり、慢性前立腺炎の最大の引き金と言われる「尿の逆流」も起こりやすくなるのです。
なお、竜胆瀉肝湯を使うような熱感や強い炎症(湿熱)があるタイプの方には、体を温める八味地黄丸は合わない(逆効果になる)ことが多いため注意が必要です。牛車腎気丸は、八味地黄丸をベースに「小便の出をよくする車前子(しゃぜんし)」と「前立腺まわりの血流をよくする牛膝(ごしつ)」を加えた処方です。八味地黄丸が効くタイプの慢性前立腺炎の方であれば、初めから牛車腎気丸を選んでも問題ありません。
【桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)/ 桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんかよくいにん)】
構成生薬:桂皮・茯苓・芍薬・牡丹皮・桃仁
(※桂枝茯苓丸加薏苡仁は、桂枝茯苓丸に薏苡仁を加えたものです)
桂枝茯苓丸は「駆瘀血剤(くおけつざい)」と呼ばれ、血のめぐりが悪いことによって生じた不調の原因、「瘀血(おけつ)」を掃除する働きがあります。一般的には、女性の下腹部の血のめぐりが悪くて起こる生理痛などの改善に使われることが多い漢方薬です。しかし、男性の「前立腺」がある場所は、ちょうど女性でいう「子宮」と同じ位置にあたります。そのため、男性の骨盤や前立腺周りの血流を改善する目的でも、非常に高い効果が期待できるのです。
慢性前立腺炎の大きな原因のひとつに「長時間の座位(デスクワークなど)による血流の悪化・うっ血」があることを踏まえると、泌尿器科でもこの漢方薬の使用頻度が高いのも納得できると思います。
また、「桂枝茯苓丸加薏苡仁」は、ベースとなる桂枝茯苓丸に、排膿(老廃物を出す)、利水(水はけをよくする)、健脾(胃腸の働きを助ける)作用を持つ生薬の「薏苡仁(よくいにん=ハトムギ)」が加わった処方です。前述の牛車腎気丸のケースと同じように、桂枝茯苓丸で下腹部の血流をよくする必要があるタイプの慢性前立腺炎の方には、余分な水分や炎症の産物を排泄する力がプラスされた「桂枝茯苓丸加薏苡仁」を使用する方が、より高い効果が期待できるでしょう。
難治性の慢性前立腺炎について
前述の漢方薬は病院でもよく処方されるため、慢性前立腺炎でお悩みの方であれば一度は飲まれたことがあるかもしれません。効果があった方もいれば、全然効果がなかった方もいると思います。なかには、逆に体調が悪くなってしまった方もおられるかもしれません。
「病院で出された薬も効果がなく、漢方薬も効かない……」
そんな「難治性の慢性前立腺炎」の原因を、漢方の目線から紐解いてみます。そこには大きく2つの問題が隠れています。
【第一の問題:脾虚(ひきょ)=胃腸の弱さ】
元来、胃腸の弱い方は、竜胆瀉肝湯や八味地黄丸(牛車腎気丸)をそもそも上手く飲むことができません。冷やす力の強い竜胆瀉肝湯を飲むと下痢をしたり、身体が冷えすぎてだるくなったりして具合が悪くなってしまいます。
また、胃腸が弱い方は「気や血をめぐらせるためのエネルギー」自体が不足しています。そこに桂枝茯苓丸などの血をまわす漢方薬だけを単独で飲むと、無理やり身体にムチを打って血をまわしているような状態になり、こちらもしんどくなってしまいます。
このような場合は、気を補う作用のある「人参」や「黄耆」が入った漢方薬で、まずは胃腸に元気をつけながら、水や血をまわしていく必要があります。たとえば「清心蓮子飲(せいしんれんしいん)」や「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」、「参苓白朮散(じんりょうびゃくじゅつさん)」などを体質に合わせて鑑別し、うまく使用しなければなりません。つまり、胃腸の弱い方には「慢性前立腺炎=〇〇湯」といった、病名だけで漢方薬を決める方法が通用しなくなっていくのです。
【第二の問題:「湿」と「熱」のバランス】
慢性前立腺炎の原因の多くは「湿熱(しつねつ)」から起きています。湿熱とは、ドロドロとした「湿」という邪気と、「熱」という邪気が合わさって形成されています。そのため、その人の「湿と熱のバランス(どちらの勢いが強いか)」を見極めて漢方薬を考える必要があります。
漢方の基本原則として、湿邪は「温めて」めぐらせて乾かし、熱邪は「冷まして」取り去っていく必要があります。たとえば、熱邪の状態が活発(炎症が強い)な人が、八味地黄丸・牛車腎気丸・桂枝茯苓丸などを飲むと、逆に痛みや違和感、熱感が増してしまうことがあります。これらの漢方薬の中には「桂皮(シナモン)」という温熱性の特性がある生薬が入っているため、人によっては炎症に油を注いで悪化させてしまう結果になるのです。
この「胃腸の強さ」と「湿熱のバランス」という2つの問題は、難治性の慢性前立腺炎を漢方薬で改善していく上で、必ず頭に入れておく必要があります。
日々ご相談を受けていると、慢性前立腺炎の痛みや不快感は本当に辛く、患者さんの精神的な負担も計り知れないと感じます。だからこそ、治療は身体の反応を見ながら慎重に進めていく必要があります。最初は漢方薬を7日〜10日単位で処方してもらい、少しずつ反応を見ていくのが望ましいです。
病院では1ヶ月単位でまとめて処方されることが多いですが、なかなか治らない難治性の慢性前立腺炎の場合は、じっくりと時間を取って話を聞き、細やかな調整をしてくれる漢方薬局を選んで相談していくのが解決への一番の近道だと思います。
当店でもお力になれると思いますので、お悩みの方はご相談ください。
大阪の浪速区にあるミズホ薬店の店主。
お店にひきこもって漢方の勉強をしたり、漢方相談をしながら暮らしています。