嗅覚障害・嗅覚減退(匂いがしない)の漢方での考え方と漢方薬の選び方
2022年10月20日
コロナ感染後の後遺症・慢性上咽頭炎・慢性副鼻腔炎・後鼻漏のご相談にのっていると、匂いがしない・変な匂いがするなどの嗅覚障害を不快な症状のひとつとして訴える方は少なくありません。
そして一部の嗅覚障害は漢方薬で改善できます。
ただし嗅覚障害=当帰芍薬散にはなりません。
嗅覚障害の病態とその方の体質をとらえて、漢方薬を選んだ方が治療効果が高まります。
今回のブログは、嗅覚障害の漢方での病態のとらえ方と漢方薬の選び方を書いていきたいと思います。
嗅覚障害の病態と漢方薬
嗅覚障害の原因は西洋医学的には以下の3つに分類されていています。
- 呼吸性嗅覚障害
- 末梢性嗅覚障害
- 中枢性嗅覚障害
実際の漢方相談のほとんどが慢性上咽頭炎・アレルギー性鼻炎・慢性副鼻腔炎・コロナ感染後のものを含めた末梢性嗅覚障害と粘膜のはれによる呼吸性嗅覚障害の一部になります。
病院ではエビンテンスによる漢方薬の使いわけとして
慢性副鼻腔炎による嗅覚障害には⇒小青竜湯。
感冒後の嗅覚障害(新型コロナ感染を含む)には⇒当帰芍薬散・人参養栄湯・加味帰脾湯
外傷性の嗅覚障害には⇒当帰芍薬散・加味帰脾湯
などが処方されるようですが、漢方薬を使用する時は西洋医学的な所見を使いつつも、漢方のものさしを使って考えた方は治療効果は上がります。
漢方では病を治療する時は正気(せいき)と邪気(じゃき)の争いと捉えて、どちらに重きをおいた治療法かを考えた上で、漢方薬を選んで治療していきます。
邪気と正気の争い【正邪相争(せいじゃそうそう)】に関しましては、以前にブログを書いていますのでよろしければご参考にしてください。
嗅覚障害において、漢方薬で改善できる所見としましては以下の標的になります。
- 鼻の粘膜のはれ
- 炎症
- 嗅覚細胞の損傷
- アレルギー体質
これらの所見を邪気と正気にわけて治療を考えると、鼻の粘膜のはれと炎症は邪気を除く瀉法(しゃほう)を使い、嗅覚細胞の損傷とアレルギー体質の改善を正気を補う補法(ほほう)を使用します。
鼻腔内のポリープ・鼻中隔湾曲症による呼吸性嗅覚障害や、頭部の外傷やパーキンソン病・アルツハイマー病由来の中枢性嗅覚障害は漢方薬での治療効果を得る事は難しくなります。
嗅覚障害の分類と漢方薬
急性期の嗅覚障害
新型コロナやインフルエンザ・かぜなどの感染時やアレルギー性鼻炎時に嗅覚障害が出た場合で、邪気を取り去る事に重きをおいた治療法を使います。
風寒邪型
感染初期やアレルギー性鼻炎になった時の症状が嗅覚障害に伴います。
- 嗅覚減退
- 背中がぞくぞくするような寒けと発熱(アレルギー鼻炎の時はない)
- のどがちくちくと痛む・さらさらとした水溶性の鼻水・鼻づまり
- 身体が冷えると鼻水や鼻づまりが悪化する
- 舌苔がうすく白色・脈は浮数or沈
漢方薬⇒麻黄湯・小青竜湯・麻黄附子細辛湯など
麻黄や桂皮・細辛で表にある風寒の邪気を発表して、甘草・乾姜・附子で裏の陽気を補い邪気を発散するのをサポートするような治療法を使います。
麻黄という生薬は心臓がよわい方や飲むとドキドキして不快であったり、神経が高ぶりやすく睡眠の質が悪い方が飲むと寝付きが悪くなったり、夜中に何度も目が覚めたりしますので注意が必要です。
そのような方は
漢方薬⇒強水気散+桂枝加黄耆湯や強水気散+玉屏風散など
で表を細辛+黄耆・桂枝・防風で衛気を補い増強して風寒の邪気を去り、乾姜や甘草で裏の陽気を補います。
風熱型
- 嗅覚減退
- 鼻づまり
- やや粘い鼻水で痰は多い
- 発熱・咳・のどの痛み
- 舌は赤く舌苔はうすく黄色、脈は浮数
漢方薬⇒金羚感冒散+鼻淵丸
金銀花・連翹で清熱解毒して荊芥・薄荷・桔梗で風熱の邪気を去り、 淡竹葉・甘草で裏の気と陰を補う治療法を使います。
鼻づまりや嗅覚の減退感が強い時は、蒼耳子や辛夷の入った鼻淵丸を適量加えるのが良いです。
亜急性期の嗅覚障害
コロナやインフルエンザ・かぜの症状が残ってしまいなかなか治らない時の症状に、嗅覚障害が伴った場合で、残った邪気を取り去りながらも弱った正気を立て直す治療法を使います。
少陽病型
- 嗅覚や味覚の減退
- 鼻づまり・せき
- 粘い痰
- 微熱
- 頭がすっきりしない
- 胃腸の不調
- 舌は乾燥傾向で舌苔は厚め・脈は弦
漢方薬⇒小柴胡湯などの状態にあわせた柴胡剤
柴胡・黄芩で半表半裏の邪気を攻め去り、半夏・生姜で停滞した水気を動かし人参・大棗・甘草・生姜で裏の正気と陰を補い身体の調和をとります。
慢性期の嗅覚障害
コロナやインフルエンザ・かぜをひいてから体調を長期にくずしてしまったり、慢性鼻炎や元から身体が弱ってしまっている方の症状に嗅覚障害が伴った場合で、弱った正気を立て直すのをメインにおいた治療法を使います。
心脾両虚型に少陽型をかねる
- 嗅覚減退
- 物忘れが多い
- 動悸
- 睡眠の質が悪い・夢が多い
- 胃腸の不調・食欲がない
- 後鼻漏がある方も
- たまに微熱
- 上半身がほてりやすい・いらいら
亜急性期の少陽型の邪気(余熱)が残り、正気も虚している状態です。
特に脾と心血が虚しており、嗅覚減退に加えて胃腸〜胸〜頭部〜精神状態で不快な症状が起こっています。
胸から頭部の残った邪気を柴胡・山梔子で攻め去り、黄耆・人参・白朮・甘草で脾を補い、竜眼・当帰で心血を養い・茯苓・酸棗仁・遠志で精神を落ち着けて、食事・睡眠・休養をしっかりとれる状態にします。
その事により栄養の吸収・運搬ができる身体になり、鼻周辺を栄養できるようにして嗅覚障害を改善していきます。
漢方薬⇒加味帰脾湯
胃陰虚型
- 嗅覚や味覚の減退
- 痰の量が少ないがからむ
- のどや口内の乾燥感
- からぜき(顔を真っ赤にして咳こむことも)
- 舌が赤く、苔の量は少ない・脈は力なく早め
麦門冬で胃の虚熱を去り、人参・甘草・大棗・粳米とともに肺・胃の津液を補い半夏で補った津液を巡りをよくして損傷した嗅覚細胞を修復します。熱の存在が大きい場合は麦門冬湯では効果がでませんので、大棗をぬき石膏と竹葉を加えた竹葉石膏湯を使います。
漢方薬⇒麦門冬湯や竹葉石膏湯など
肺脾両虚型
- 嗅覚の減退にムラがある
- 胃腸の不調
- 身体がだるい(特に手足)
- 舌にはりがなく嫩舌・脈に力がない
肺・脾の気が虚しているので鼻を栄養する事ができずに、嗅覚に障害がおきている。身体のだるさや胃腸の不調が強くあらわれている時には、匂いがさらに感じにくくなる傾向にある。
黄耆・人参・白朮・甘草で肺・脾の気を補い、柴胡・升麻・当帰・生姜で補った気を鼻に届けて栄養して嗅覚細胞の損傷を修復していきます。
漢方薬⇒補中益気湯に状態にあわせた漢方薬を加える。
血瘀水滞型
- 嗅覚減退
- 鼻づまり
- むくみやすく月経痛がある
- 舌はやや紫色をおびたり歯型がつきやすい・脈は細く渋る
血虚と脾虚からくる血瘀と水滞があり、鼻周辺を栄養できなくなっているので、匂いを感じる事ができなくなったり匂いがうすくなっています。
当帰・芍薬で血を補い白朮・茯苓と脾胃を補い、川芎と沢瀉で血と水のめぐり良くして鼻周辺をしっかり栄養できるようにします。
漢方薬⇒当帰芍薬散
気血両虚型
- 嗅覚減退
- 痰がからむ咳
- 呼吸があさい
- 胃腸の不調
- 不眠傾向
- 動悸
脾胃の虚と血虚があり、身体のだるさ・冷え・胃腸の不調に加えてから咳・痰がからむ・皮膚のつやがない・乾燥肌・やせるなどの「乾き」や「枯れ」の印象を受ける方の嗅覚障害です。
人参・黄耆・白朮・甘草・脾胃を補い桂皮・茯苓で胸をやわらげて、地黄・当帰・芍薬・五味子・遠志で血を補い潤して巡らせて、弱った身体を整えながら嗅覚減退を改善します。
漢方薬⇒人参養栄湯
嗅覚障害でお悩みの方は女性の方が多い
女性は男性にくらべて嗅覚障害になりやすく、その原因として漢方薬で言う血虚になりやすい事が考えられます。
血虚になりやすいのは、生理・出産・授乳・更年期などで血を失いやすいからです。
漢方でいう血は陰血ともいわれて、身体の組織を栄養したり・潤したり・神経が高ぶりすぎるのを抑える役割があります。
この血が虚している(衰えている)状態に、感染症やアレルギーなどの炎症状態になってしまうと炎症にともなう熱によって、衰えている血がさらに衰えてしまいます。
嗅覚細胞を栄養しているのも、血が滞りなく円滑に流れているからですが、血の衰えがそれらの原因によって悪化すれば、嗅覚細胞を栄養できなくなり修復が遅くなります。
この事が女性の方が嗅覚細胞を引き起こしやすく、改善しにくい原因です。
積極的にニオイをかぐ方が治りが早くなる
香りの強いもので、ニオイをかすかにしか感じなくても匂いをかこうと努力を続ける方が、嗅覚細胞の再生を促します。
また「絶対に嗅覚は治る」とモチベーションを高くして匂いをかいだ方が、ドーパミン(神経修復物質)が脳内で多く放出されて神経のシナプスの結合が強くなり、嗅覚を感じやすくなります。
漢方薬を飲むだけでなく治癒速度を早めるには、このようにモチベーションを高く行うリハビリ的な行動もおすすめします。
大阪の浪速区にあるミズホ薬店の店主。
お店にひきこもって漢方の勉強をしたり、漢方相談をしながら暮らしています。